東大出身の元高校教諭が「学力」よりも「地域での体験」を重視する理由とは【校長 辻正太インタビュー】
こんにちは、FC今治高校 里山校(通称:FCI)の公式note編集チームです。
今回の記事では、FCIの校長に就任予定で、現在は立ち上げ準備室 室長として学校づくりを牽引する辻 正太さんにお話を伺いました。
東京大学を卒業され、その後は高校教員として現役で東大生を17人輩出するなど、進学校で熱血指導をしていたという辻さん。偏差値主義ともいえる学び方からFCIが大切にしている探究的な学び方へ、その転換点はどこにあったのでしょうか?
3拠点生活、社長で校長。挑戦し続ける人であり続ける
ーFCIの校長就任を控え、現在立ち上げ準備室の室長として日々学校づくりに取り組まれている辻さん。どんな役割を担っているのでしょうか?
学校の理念やビジョンづくり、カリキュラムの設計、FCIの学びを支えてくださる先生方の採用、関わってくださる連携企業やパートナーの交渉や調整。
その他にも生徒の皆さんへの情報発信や説明会など、開校に向けてあらゆる準備を進めています。
FCIはこれまでにない、新しい学校です。
これからの社会で生き抜くための力を育む場でありたい。
大きく変化している現代社会にフィットする学校でありたい。
そんな思いで、これまで岡田学園長をはじめ、評議員会議長を務めてくださっている元文科省副大臣の鈴木寛先生や、様々なプロフェッショナルの方々と協議を重ねてきました。
いよいよそれが形になり、生徒の皆さんをお迎えするときが近づいてきていることに、ドキドキわくわくしています。
ーそもそもどういう経緯で校長への声がかかったのでしょうか?
実は僕は経営者として、2017年から今に至るまで青森県弘前市にあるコ・ラーニングスペース「Heart Lighting Station弘前(HLS弘前)」の運営をしています。創業した会社「まちなかキャンパス」で理念として掲げているのが、「世代や地域を超えて、多様な人々が共創し、ともに未来を切り拓く」。
コ・ラーニングの利用者の中には学生も多くいるのですが、学校ではなく社会の中で実際に仕事をしている大人たちや社会起業家と一緒に学びあう、そんな機会を提供してきました。
そうして青森で地域づくりや学びの場づくりを実践していた僕と、学園長 岡田武史さんとの接点は、オンラインセミナーでした。
2022年5月、岡田さんが登壇したオンラインセミナーに、知り合いに誘われて参加したんです。とはいえ当時全く面識はなく、僕はあくまでも大勢いる参加者の一人でした。
セミナーのテーマは、里山スタジアムをハブとしたコミュニティづくり。学校や教育の話は一切ありませんでした。
でもずっと教育の現場に関わってきた僕は、里山スタジアムに様々な人が集い、多様な活動の場になるイメージを聞いて、直観的に「ここが学校になったら面白いんじゃないか」と思ったんです。
質疑応答でそんな感想をお伝えし、最後に「矢野さんによろしくお伝えください」という言葉も付け加えて退出しました。
矢野さんというのは、岡田さんが会長を務める今治夢.スポーツ(FC今治の運営会社)の代表取締役社長の矢野将文さんのことですが、実は僕の大学時代のサッカー部の先輩。すると翌日、矢野さんが電話をくれたんです。
「お前、すぐに今治に来い」
言われるがまま今治に行き、初めて岡田学園長と直接会話する機会を頂きました。そこで学校づくりの話が進んでいるということ、そしてまさに校長を務める人材を探していることを聞いたんです。
ー縁を感じるエピソードです。青森での会社経営に加えて、今治での学校の立ち上げ。戸惑いはありませんでしたか?
最初こそ悩みましたが、すぐ、「こんなチャンスはそうそうないな」と思えたんです。僕は小学校から大学まではプレイヤーとして、そして教員になってからは部活の監督として長らくサッカーに熱中していました。そんな僕にとって岡田武史さんは憧れの存在であり、スーパースターです。
そんな岡田さんと一緒に、新しい学校づくりに挑戦したい。何より、里山スタジアムを中心に、今治という町全体が学びのフィールドになることへの期待感は、何より大きいものでした。
そんな思いで決心してから、4月の開校に向けて走り続けています。
弘前と今治、さらに実は家族は東京にいて。今は3拠点を行ったり来たりする生活を送っています。僕はもともと、「二兎を追う者は二兎をも得る」と思ってきた部分があって。「二足のわらじでも、やれる!」と思っての決心でしたが、いろんな人に迷惑をかけていることを実感していて、反省しきりの毎日です(笑)
ただ生徒たちのチャレンジを応援する立場として僕自身も挑戦し続ける大人でありたいですし、その背中を見せ続けていきたいと思っています。
現役東大生を17人輩出した高校教諭時代。抱えていた葛藤
ー辻さんはかつては高校教員として教育現場に関わってきたと聞いています。「新しい学びの場づくり」に意識が向いたきっかけはあったのでしょうか。
もともと11年間、埼玉にある中高一貫の私立高校で教員生活を送ってきました。本当に充実した日々でしたし、天職だと感じていました。
勤務先だった学校は進学校で、在籍中は「東大選抜クラス」の担任を受け持ったことも。当時は熱を入れた受験指導をしていました。
洗脳といったら言葉が悪いですが、偏差値の高い大学に進学させるために生徒たちに暗示をかけ、机に向かわせる日々。熱血指導の甲斐あって、高3の担任時には、現役で東大生を17人、国立医学部5人というハイレベルな卒業生たちを輩出したこともありました。
誤解を恐れずにいえば、東大に進学させることはそんなに難しいことではないんです。いつまでにこういう計画で学習を進めていけばいい、という”攻略法”さえ掴んでおけば、突破できる可能性はぐんと高めることができます。
ー教員としての「成果」は大いに出されてきたわけですが、転換点はどこにあったのでしょうか?
自分の原体験もあって、自分が取り組んでいる教育のあり方に、じわじわと違和感を抱くようになっていったんです。
僕自身、東大の卒業生なんですが、当時進学した時に強く感じたのは「東大までの人・東大からの人」という、目には見えないけれど確実に存在している壁でした。
幼いころから勉強が好きだった僕は、勉強することに抵抗感はなく、親の薦めもあり私立の進学校に進みます。当時の僕が目指していたのは東大。というわけではなく、地元の奈良県からも近い体育大学で学び、体育教師になることでした。
小学校の頃からの夢を叶えたいと思っての選択だったんですが、先生や親は猛反対。結果的には、東京大学の教育学部に進学することになります。
しかし東大にはとんでもない奴らがごまんといるわけです。何かの分野を究めている人や、盲目的に好きなことに熱中している人。
そういう人たちは「東大で何をしたいか」という問いにしっかり答えを持っていたように思います。
一方で自分はどうか。
東大でないといけない、強い理由があったか。
もちろん、東大に進んだことで得たことや学んだことはたくさんありますし、今に繋がっていると思っています。ただ大学進学そのものが目的になっていたことは否定できません。
入学後の僕は、ビジョンを描いて入学してきた人と自分とでは、学びの質がまるで違うことを痛感しました。
教員として、生徒を東大に行かせようと思ったら、自分がやってきたことを伝えればいい。でも偏差値だけを重視して、上位の大学進学を目指す進路指導が生徒自身にとって本当にためになるのか。そこにはずっと葛藤がありました。
ーその後、違和感はピークに達し学校を退職されるわけですが、何が決断の後押しになったのでしょうか?
当時たまたま読んだ書籍『21世紀を生き抜く3+1の力』で、「2011年に小学校に入学した子どもたちの65パーセントが今はない仕事に就く」という予測を知り、衝撃を受けたんです。
少なくとも自分が働いていた学校では、変化に富んだこれからの社会で生きていくために、必要な力を育めているとは言い難かった。それに自分自身ずっと学校の中で育ってきて社会経験も浅く、生徒たちに社会を生き抜く”武器”を伝えられるイメージも持てませんでした。
世の中がどんどん変わっていく中で、今の社会のことを何も知らないのに、これからを生きる子どもたちを育てることはできない。
そんな思いが強くなり、まずは自分が社会を知ろうと、学校を離れることにしたんです。
積極的な探究は心のエンジンになる
ーそして弘前での起業に繋がるわけですね。実際に弘前では社会の中で学びあうの場を運営してこられました。どういった成果がありましたか?
HLS弘前で展開してきた代表的な取り組みの一つに「弘前まちなかキャンパスプロジェクト(通称:まちキャン)」があります。
まちキャンは、学生がインターン生として地元企業の抱えている課題解決に取り組むプロジェクトで、2018年から続けています。弘前市、地元の国立大学である弘前大学、そしてHLS弘前が協働し、「10年後の弘前をリードする人材をまちなかで育てよう」というミッションのもと、手を取り合って取り組んできました。
プロジェクトの目的は、社会に根差した実践的なプロジェクト活動を通して、参加学生の成長を目指すのはもちろんですが、受け入れ企業側の学びの機会になることも狙いの一つ。
学生と共創することで若い人の視点を会社の中にフィードバックできたり、新たな価値が生まれたり。関わる人すべてにとって学びの機会になることで、互いの関係性が磨かれ、主体的なアイディア創出のきっかけにもなります。
実際のまちキャンでは、例えば地域のワイナリーに対して、まちなかでキャンプイベントを行うことでロイヤルカスタマーを生み出す提案をするなど、学生の視点でこれまでにないアイディアがたくさん生まれてきました。
関わってくれた企業は、延べ53社。実に98名の学生がさまざまな課題解決に挑戦してきました。圧倒的な実践を積んだ彼ら彼女らは、
〈自分の言葉で話せる力〉
〈やってみないとわからないことに一歩を踏み出せる力〉
〈自分の強みを理解して他人と手を取り合える力〉
が、めきめき育っていると自信をもっていえます。そしてよりよい社会創りに貢献する道を、それぞれが歩み始めています。
ーFCIもまさしく学校を飛び出し、プロジェクトの実践を通してチャレンジしていく学校です。どんな学びの場になる未来を思い描いていますか?
自分の経験からも感じているのは、勉強は一つの軸でしかないということです。
社会は広く、そして変化に満ちています。
自分がどんなテーマにピンと来るのか、何をやっているときに心が躍るのか。
誰しも熱中できるテーマに出会えれば、それをモチベーションにどんどん学んでいけると確信しています。
なぜなら課題に挑み、社会を変えていくためには、やっぱり知のインプット(学習)は欠かせないからです。
そんな思いから、FCIではまずは自分の「好き」に出会うことをとても大事にしています。
地域でのゼミ活動の実践や、いろんな分野のプロフェッショナルとの出会いの機会をたくさん用意しているのは、心が動く瞬間を少しでも多く創り出したいから。「好き」に出会い、心のエンジンがかかった生徒は、高い目標をもって学び自分で自分の道を切り拓いていけると信じています。
その結果、なかには超難関といわれる大学へ進学する生徒も出てくると思います。大学入試で増えてきている総合型選抜では、自分の意志で自分なりの課題を見つけて探究する姿勢が、十分に評価の対象になり得るからです。
もちろん、大学が学力を全く必要としないとは考えていません。ただ、将来役に立つ学力をつけようと思うのであれば、まずは様々な体験を積み、熱中できるテーマを見つけることこそが重要だと思うのです。
学校としては進学にこだわりませんし、大学に行くかどうかは本人次第です。ただ、生徒が目指したいと言った時には全力で応援しますし、サポートの体制は敷くつもりです。
FCI生には、自分が夢中になれるテーマを究めていける道を、それぞれが進んでいってほしい。
そしてそんな生徒たちの姿から、先生や地域の皆さんも刺激を受けると思うし、これまでの教える側と教わる側ではない共に学びあえる関係性を地域の中でつくっていきたいと思っています。
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